『宇宙(そら)の彼方の色』修正

 6月17日発売の『宇宙(そら)の彼方の色』にて2箇所、初稿段階の訳注に修正を入れ損ねた箇所が見つかっております。

P95

巻頭の地図ではこれを参考に推測的な位置を示した。

これを参考に巻頭の地図を眺めてみてほしい。

 

 あまり意味がないと判断し、最終的に巻頭地図からセフトン療養所の推測的な位置を削除しましたが、訳注の対応箇所の修正抜けがありました。

P313
訳注23を以下の内容にまるまる差し替え。
本作の後の箇所でユゴスが末子とあるのは、太陽系最外縁の惑星というニュアンスだろう。

 

推敲に伴い、対応箇所の訳文が変化したことによる訳注の対応箇所の修正抜けです。

'Mi-Go'について

ラブクラフトチベット語の「Migou」を想像のアイディアにしたとしている。この語は現地で雪男、山岳部に現れる謎の類人猿のような妖怪という意味で使われる。ラブクラフトは『闇に囁くもの』の中でネパールの「Migou」とミ=ゴは、同一の存在であると設定している。ミ=ゴが一般に想像される雪男と全く違う姿でありながら作中でそう呼ばれるのはこのためである。」--Wikipedia「ミ=ゴ」の項目より(2020年5月24日取得)

 どういうわけか、主にWEB上でこのような言説が流れております。つまるところ、「ミ=ゴ」というのはチベット語で雪男を指す言葉を元ネタにした、ラヴクラフトの造語であるという主張です。この度、この妄想(としか自分には思えません)への大きな反証になりそうな資料を見つけました。オハイオ州で発行されていた Dayton Daily News 紙の1937年12月3日号に、以下の記事が掲載されております。

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Dayton Daily News 1937-12-03 28面

「ロンドン。12月3日。--上部チベットの多くの地域で信じられているミルカあるいはミ=ゴ、さもなくば《忌まわしき雪男》に触発された探検家のF・S・スマイスは、多年にわたり帰国した旅行者たちがその実在を断言してきた怪物の追跡に乗り出した。(LONDON. Dec. 3.-- Belief in the Mirka or Mi-Go, otherwise the "Abominable Snowman," in many parts of upper Tibet, inspired F.S.Smyth, the explorer, to trace the monster, which for years returning travelers had firmly declared actually existed.)」

 F・S・スマイスという人物は、1936年に雪男にまつわる写真(足跡ですね)を初めて撮影したことで知られる人物ですね。

 ともあれ、この記事は今のところ、自分が目にした最も古い'Mi-Go'という言葉の新聞上での使用例となります。「暗闇で囁くもの」が執筆されたのは1930年2月から9月にかけて。もう少しで届きそうです。

『未知なるカダスを夢に求めて』修正

 表題作の巻末解説中、文字数圧縮の過程で、文意が完全に変わってしまった箇所が見つかりました。

P465
ノーデンスと「ノドの地 Land of Nod」の関連性に言及していて、オカルティズム関連の文献などでノーデンスが夢の神とされる典拠となっているのだ。

ノーデンスが眠りの神だったことを示唆していて、オカルティズム関連の文献などでノーデンスが「ノドの地 Land of Nod」、即ち夢の世界の神とされる典拠となっているのだ。

 

『『ネクロノミコン』の物語』修正について

『『ネクロノミコン』の物語』(星海社)につきまして、現時点で以下の誤訳と要修正箇所が発覚しておりますので、そろそろご報告しております。(増刷時対応予定)

 

P172

豚の頭よりも大きな丸い足跡でね

【大樽:ホグズヘッド】よりもでっかい丸い足跡でね

 

P270下段
併録した初期稿からも明らかなように、実はHPLではなくウィリアム・ラムレイが創造した地名。ブライアン・ラムレイの『タイタス・クロウの帰還』によれば、後にタイタス・クロウ、アンリ・ローラン・ド・マリニーの所有物となる掛け時計の出所がイアン=ホーである。

一九三二年~三三年の「銀の鍵の門を抜けて」が初出。同作によれば、後にブライアン・ラムレイの『タイタス・クロウの帰還』においてタイタス・クロウ、アンリ・ローラン・ド・マリニーの所有物となる掛け時計の出所がイアン=ホーとされる。

 

 イアン=ホーの初出については、「銀の鍵の門を抜けて」の執筆時期を誤認していたことによる、長年残留していたケアレスミスです。「銀の鍵の門を抜けて」の翻訳中に、今更ながら気づいた次第。お恥ずかしい。

 

 

『All Over クトゥルー −クトゥルー神話作品大全−』正誤表

 書泉ブックタワー様にて本日先行販売の始まる『All Over クトゥルークトゥルー神話作品大全−』のカタログパートにおいて、現時点で以下の誤りが見つかっております。
 ご購入いただきました読者の皆様に、この場を借りて深くお詫び申し上げます。

All Over クトゥルー -クトゥルー神話作品大全-

All Over クトゥルー -クトゥルー神話作品大全-

付記・魔術の神コズザール

 ダニエル・ハームズは、"ENCYCLOPEDIA CTHULHIANA"の「Nodens」の項目において、おそらくは彼の独自設定として、リドニーのノーデンス神殿と結びつける形で「アトランティス人は魔術の神、Chozzar の名のもとに彼(=ノーデンス)を崇拝した」と提示しています。Chozzarというのは英語読み的には「チョザール」になりそうですが、後述の「別名」から、このエントリでは「コズザール」としておきます。
 このChozzarの出典を辿る内に、ヘレナ・P・ブラヴァツキーの『シークレット・ドクトリン』に行きつきました。『シークレット・ドクトリン』によれば、コズザールというのはペラテ派グノーシス主義におけるネプチューンの別名で、アトランティスの魔術師たちから崇拝されたということです。
 更に調べを進めていくと、近代西洋魔術師であると同時に熱心なラヴクラフティアンでもあったケネス・グラントの"Outside the Circles of Time"(何気にラヴクラフト神話への言及が数多くある著作)に、興味深い記述があります。

"Chozzar: The God of Atlantean Magic. Choronzon, is a variant form of this name(アトランティスにおける魔術の神。この名前の変形として、コロンゾンがある)"


 ハームズは『エンサイクロペディア』の参考文献としてグラントの"Nightside of Eden"を挙げていますので、彼の直接的なネタ元はグラントの記述なのだと思われます。
 それにしても、深淵の天使コロンゾン! まさかここで、ノーデンスとコロンゾンが結びついてしまうとは。
 コロンゾンというのは、1909年12月6日、魔術師アレイスター・クロウリー(グラントの旧師でもあります)とその弟子ヴィクター・ノイバーグがサハラ砂漠で呼び出したという高次の霊的存在、「深淵」を満たす狂乱と矛盾の力が顕現したものです。(その種の本ではもっぱら「悪魔」扱いをされていますが、エノク魔術の性質上、「天使」と呼ぶのが妥当かと)
 このあたり、もう少し掘り下げて、『クトゥルー神話解体全書』(某社にて企画のみ存在)あたりで御紹介できるといいですね。

付記への付記(2020-07-22):
 ペラテ派グノーシス主義についての現存する記録は対立教皇ヒッポリュトスの『全異端反駁』のみで、コズザールあるいはコルザル(Chorzar)への言及もあります。面白いことに、『全異端反駁』ではコズザールというのはタラッサ(海の力が具現化した存在)の娘(!)であり、「無知なるものは彼女をポセイドーンと呼んだ」と書かれております。
 おそらくハームズは、ひょっとするとグラントも、『シークレット・ドクトリン』を読んではいたのでしょうけれど、『全異端反駁』のこの記述は未見だったのではないでしょうか。結果、ここに「ノーデンスは女神」であるというクトゥルー神話設定が生まれてしまうわけです。

マーブルヘッドのネプチューン

 以前書いたエントリへの追記。
 ノーデンスが登場する「霧の高みの不思議な家」の舞台は、ラヴクラフトが創造した架空の港町であるキングスポート。では何故、キングスポートがノーデンス顕現の場所とされたのか−−それについては、ひとつの私説があります。
 キングスポートのモデルとなったマサチューセッツ州のマーブルヘッドには、「リー・マンション」というハウスミュージアムがあります(セイラムのピーバディ=エセックス博物館の管理下)。筆者は、この施設を2008年の夏に訪れているのですが、階段をあがった先の2階の壁(ないしは隣接する部屋の壁)に、三叉の鉾を持ったネプチューンの絵が飾られているのです。

 残念ながら建物内は撮影禁止だったので、こちらは帰国後にボストンのお土産物屋から通販で取り寄せたお皿(件のリー・マンションの絵をモチーフとしたもの)の写真となります。訪問時、ガイドの方からお聞きした話では、リー・マンションがハウスミュージアムとして公開されたのは、ラヴクラフトニューイングランド地方各地を頻繁に旅行していた時期の少し前。彼が1920年代に幾度かマーブルヘッドを訪れた時、この建物を見学した可能性は非常に高い。何故なら、「インスマスを覆う影」にニューベリーポートの歴史協会についての描写があるように、ラヴクラフトのように地元の歴史に興味を抱く旅行者は、町毎に存在し、たいていハウスミュージアムを兼ねている歴史協会を訪ねるのが常でした。そして、リー・マンションは、マーブルヘッドの歴史協会から目と鼻の先にあるのです。
 そしておそらく、リドニー神殿のプレートのことを知っていたラヴクラフトは、そのネプチューンの姿から、海神たちを従えたノーデンスのことを思い浮かべたのだろう−−今のところ仮説以上のものではありませんが、リー・マンションの古い訪問者リスト(森瀬も記名してきました)の中から、彼のサインを見つけることができれば……。