付記・魔術の神コズザール

 ダニエル・ハームズは、"ENCYCLOPEDIA CTHULHIANA"の「Nodens」の項目において、おそらくは彼の独自設定として、リドニーのノーデンス神殿と結びつける形で「アトランティス人は魔術の神、Chozzar の名のもとに彼(=ノーデンス)を崇拝した」と提示しています。Chozzarというのは英語読み的には「チョザール」になりそうですが、後述の「別名」から、このエントリでは「コズザール」としておきます。
 このChozzarの出典を辿る内に、ヘレナ・P・ブラヴァツキーの『シークレット・ドクトリン』に行きつきました。『シークレット・ドクトリン』によれば、コズザールというのはペラテ派グノーシス主義におけるネプチューンの別名で、アトランティスの魔術師たちから崇拝されたということです。
 更に調べを進めていくと、近代西洋魔術師であると同時に熱心なラヴクラフティアンでもあったケネス・グラントの"Outside the Circles of Time"(何気にラヴクラフト神話への言及が数多くある著作)に、興味深い記述があります。

"Chozzar: The God of Atlantean Magic. Choronzon, is a variant form of this name(アトランティスにおける魔術の神。この名前の変形として、コロンゾンがある)"


 ハームズは『エンサイクロペディア』の参考文献としてグラントの"Nightside of Eden"を挙げていますので、彼の直接的なネタ元はグラントの記述なのだと思われます。
 それにしても、深淵の天使コロンゾン! まさかここで、ノーデンスとコロンゾンが結びついてしまうとは。
 コロンゾンというのは、1909年12月6日、魔術師アレイスター・クロウリー(グラントの旧師でもあります)とその弟子ヴィクター・ノイバーグがサハラ砂漠で呼び出したという高次の霊的存在、「深淵」を満たす狂乱と矛盾の力が顕現したものです。(その種の本ではもっぱら「悪魔」扱いをされていますが、エノク魔術の性質上、「天使」と呼ぶのが妥当かと)
 このあたり、もう少し掘り下げて、『クトゥルー神話解体全書』(某社にて企画のみ存在)あたりで御紹介できるといいですね。

付記への付記(2020-07-22):
 ペラテ派グノーシス主義についての現存する記録は対立教皇ヒッポリュトスの『全異端反駁』のみで、コズザールあるいはコルザル(Chorzar)への言及もあります。面白いことに、『全異端反駁』ではコズザールというのはタラッサ(海の力が具現化した存在)の娘(!)であり、「無知なるものは彼女をポセイドーンと呼んだ」と書かれております。
 おそらくハームズは、ひょっとするとグラントも、『シークレット・ドクトリン』を読んではいたのでしょうけれど、『全異端反駁』のこの記述は未見だったのではないでしょうか。結果、ここに「ノーデンスは女神」であるというクトゥルー神話設定が生まれてしまうわけです。