失踪した怪奇小説家……おや?

 廣済堂文庫から、『よくわかる「世界の怪人」事典』という本が刊行された。
 PHP文庫の「〜がわかる本」の後追いシリーズのひとつで(僕がソフトバンククリエイティブで立ち上げたのもまあ似たようなもんだけど)、その名前の通り怪人二十面相やアルセーヌ・リュパンノストラダムスをはじめとするフィクション/ノンフィクションを問わぬ怪人の本−−と思いきや、ソロモン王や卑弥呼など「怪人?」と首を傾げる紳士・淑女がひたすら名前を連ねている本だ。人数が多い分、一人頭に割かれているページ数が非常に少ないので、店頭で見かけたときにはスルーする気満々だったのだが、後から「ハワード・フィリップス・ラヴクラフトの項目があった」と聞いてしまったので、義務として購入した。森瀬に本を買わすにゃ内容はいらぬ。クトゥルーラヴクラフト、ホームズに絡めればそれでよし、とはよく言ったものである。(誰が)
 ラヴクラフトが怪人……? ロバート・ブロックやオーガスト・ダーレスが作中で描いた「架空の人物としてのラヴクラフト」ならばいざ知らず(あと、コリン・ウィルソンたちがでっちあげたエジプト・フリーメーソンリーの秘儀を受け継いだラヴクラフトね)、実在のラヴクラフトは奇人ではあったかも知れないけれど怪人には程遠い、人好きのする物腰柔らかな人物だ。
 とはいえ、過去にラヴクラフトを「奇人怪人」として記述した本に心当たりがないでもない。
 オタク・カルチャー方面では『空の大怪獣ラドン』『大怪獣バラン』の原作・原案として有名な作家の黒沼健氏の手になる『奇人怪人物語』である。

奇人怪人物語 (河出文庫)

奇人怪人物語 (河出文庫)

 早速、この『奇人怪人物語』中のラヴクラフトに関する文章を要約してみよう。

 H・P・ラヴクラフトは10年ほど前までアメリカ屈指の怪奇幻想作家としてもてはやされ、その作風は悪魔的で、批評家たちから「彼は悪魔の援助で小説を書いているのだ」と噂されたほどであった。このラヴクラフトが、ある日突然、ウィスコンシンの自宅から姿を消したのである。彼が突然行方をくらます理由も動機も全くなかった。以後、10年以上が経過し、彼の行方は杳として知れない。幽霊や魔法に通じた彼のこと、秘密を明かしすぎて霊界に連れ去られたのではないかとも、悪魔との契約によって創作の種を得ていた彼が、契約期間が切れて連れて行かれたのだとも世間では噂された−−。

 いったい、どこのラヴクラフトさんのことやらサッパリなのだが、ウィスコンシン州在住というあたりで間違いなくオーガスト・ダーレスが混ざっているので、おそらくはウォード・フィリップス(この名前はラヴクラフトペンネームのひとつでもある)の失踪を描いたダーレスの短編作品「アルハザードのランプ」あたりの英語圏での紹介記事を、黒沼氏が誤読してしまったのではないかと思われる。(といっても、「アルハザードのランプ」のウォード・フィリップスは明らかにプロヴィデンス在住なのだが)
『よくわかる「世界の怪人」事典』のラヴクラフトについての記事が、この『奇人怪人物語』から引っ張ったものだったらなかなかトンチが効いていて(?)面白い。そう期待して読んでみたのだけれど、ラヴクラフトのいささか偏った&ツッコミどころいっぱいの略伝が若干1ページ載っているだけだった。残念。
 H・P・ラヴクラフトは1937年3月15日に、腸癌で亡くなっている。
 そこかしこの萌えクトの評を眺めると、やけに「ラヴクラフトが墓の下で泣いている」というフレーズが目に付いた。
 とりあえず昨年、彼の墓に詣でた際、「今後もあれこれやらかしちゃうと思いますので、どうかお目こぼしくださいな」的なことをお祈りしてきたので、おそらくは苦笑い程度で済んでいるのではないか、と、思いたい。


 

 とりあえず、貼り付けた写真に改めて手を合わせてみる。いあ、いあ。