「弧の増殖」について

 朝松健氏は、編集者・作家としてのキャリアを同人活動から始められました。国書刊行会の『真ク・リトル・リトル神話大系』の翻訳に関わったグループ「黒魔団」は、氏が1972年に立ち上げた怪奇・幻想小説の同人です。
 朝松氏は「黒魔団」のみならず様々な同人誌に寄稿されていたようですが、そうした中に翻訳家・波津博明氏を中心とする「イスカーチェリSFクラブ」の同人誌『イスカーチェリ』がありました。この『イスカーチェリ』の14号に、朝松氏の手になる「弧の増殖」という同タイトルの小説が掲載されています。
「弧の増殖」とは"Multiplication des arcs"の日本語訳で、1900年のパリに生まれ、シュールレアリスム運動の影響下で独得の画風を確立した画家イヴ・タンギーが、1954年(当時はアメリカ在住)に発表した絵のタイトルです。

『イスカーチェリ』掲載の短編は、幻想画をテーマとする連作のひとつだったということですが、朝松氏はかねてよりこの絵画からH・P・ラヴクラフトの作品−−とりわけ、今回の新作にも深く関わる「とある場所」のイメージを感じていたということでした。
 時を隔てて21世紀、新作を脱稿した朝松氏がタイトルをどうしたものか悩んでいたところ、アマチュア時代からの盟友であり、『イスカーチェリ』に寄稿した小説のこともよく知っている奥様(松尾未来さん)から、「弧の増殖」を提案されたのだそうです。
 以上、朝松氏から許可をいただきました上で、ご紹介させていただきました。