「クトゥルー神話」の由来について

 あれこれ作業が立て込んでいて、日記を書く時間がなかなかとれませんが、大至急報告しておきたいことがありましたので取り急ぎ更新します。
 今回新たに確認された事実によって、過去、森瀬繚の携わったクトゥルー神話関連書における記述が更新されることになりますので、まずはこちらで告知致します。

 本書の執筆にあたって多大なる御協力をいただいているクトゥルフ神話研究家の竹岡啓氏の指摘するところによれば、「クトゥルフ神話」という言葉が最初に確認されているのは、ラヴクラフトの盟友クラーク・アシュトン・スミスが、オーガスト・ダーレスに宛てて書き送った1937年4月13日付の書簡の中で、ラヴクラフトの作品群の総称として"the Cthulhu mythology"という文言が用いられているという。
 この書簡の存在は、少なくともそれ以前から、スミスやダーレスなどのラヴクラフト・スクール関係者の間で「クトゥルフ神話」という言葉が日常的に用いられていたことを匂わせている。
−−『図解 クトゥルー神話』(新紀元社)P056

 生前の彼が「クトゥルー神話」という言葉を用いた様子はない。「クトゥルー神話」という言葉が最初に確認されているのは、クラーク・アシュトン・スミスがダーレスに送った1937年4月13日付の書簡中で、ラヴクラフトの作品群の総称として"the Cthulhu mythology"という文言が用いられている。この書簡の存在は、少なくともそれ以前から、スミスやダーレスをはじめラヴクラフトの友人達の間で「クトゥルー神話」という言葉が日常的に用いられていたことを匂わせている。
−−『クトゥルー神話ダークナビゲーション』(ぶんか社)P025

 ラヴクラフトの顕彰という事業を展開していくにあたって、ダーレスはラヴクラフトとある意味で最も親しかったC・A・スミスの判断を常に尊重した。「クトゥルー神話」という名称については、巷間ではダーレスが名付け親とされているが、その出典をたどるとスミスとダーレスの効果している手紙中でごく自然に用いられているのが最も古く、ラヴクラフトの仲間たちの間でごく普通に「クトゥルー神話」という名称が使われていたのだということが窺われる。
−−『クトゥルフの呼び声』(PHP研究所)P178

 上に掲げた「クトゥルー神話」という語の由来にまつわるこれらの記述について、以下の通りアップデート致します。
 H・P・ラヴクラフトは中篇「狂気の山脈にて」の執筆にあたり、ストーリーの概要をまとめた覚書(ノート)を作成しています。このノートの冒頭に、以下の文面が出てきます。

 クスルウー神話−−戯れに地球の生物を創造したというネク(森瀬注:ネクロノミコンの略号)の宇宙的存在をめぐる神話
−−『定本ラヴクラフト全集』第5巻 P458

 ラヴクラフトが「狂気の山脈にて」の構想に着手したのは1930年。実際に執筆されたのは1931年2月24日から3月22日にかけてなので、どんなに遅くとも1931年2月以前にはこの覚書が作成されていたものと思われます。
 この文面こそが「クトゥルー神話」の初出なのではないか−−そのように考えた人間はこれまでにも少なからず存在したことと思います。10年ほど前、クトゥルー神話関連のメーリングリストで同様の質問をした人間(弊社のライターS氏)がおりましたが、この時には「原文では"Cthulhu myth"ではない別の表現だったのではないか」(大意)との否定的回答を得たという話でした。それを聞かされていた僕も、長年これは意訳か何かで原文では単に"Cthulhu"(実際、『定本ラヴクラフト全集』では明らかに"Call of Cthulhu"を指すと思われる"Cthulhu"が「クスルウー神話」と翻訳されていた例があります)だったのだろうと考えてきたわけです。
 さて。昨年夏、コミック『狂気の山脈』(PHP研究所)の解説を執筆した際に少々思うところがあって、長い時間をかけて原文が収録されている"H.P.Lovecraft Collected Essays Volume 5: Philosophy"を取り寄せてみたわけですが−−さて、御立ち合い。
 該当箇所を確認してみますと、はっきりとこのように書かれているではありませんか!

Cthulhu & other myth - myth of Cosmic Thing in Nec. which created earth life as joke(クトゥルーその他の神話−−戯れに地球上の生物を創造したネクロノミコン中の宇宙的存在にまつわる神話)

"other(その他)"という言葉が挟まってはおりますが、これは文脈的にも"Cthulhu myth"と短縮可能な表現です。ラヴクラフトもまた1930年代初頭の時点で、「クトゥルー神話」に近い言葉を用いて自らの作品群の一部をカテゴライズしていたわけであります。
 つくづく、他人の言い分を鵜呑みにせずに、何事につけ自らの目でベリファイを行わなければならないと肝に銘じた次第です。
 これらの書籍の内、多少なりとも増刷されそうな『図解 クトゥルフ神話』『クトゥルフの呼び声』については差し替え用テキストを版元にお送りする予定です。『クトゥルー神話ダークナビゲーション』につきましては、後継書の刊行をお待ちいただければと思います。

追記:
 ちなみに、アメリカでも「ダーレスが言い出しっぺ」というのが主流のようです。「それは違う(スミスなんかも普通に使っていた)」という話の拡散に努めてきたわけですが……。

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