古き洞穴の地の底をめざして

 ピーター・ジャクソンは今回、J・R・R・トールキンの原作『ホビットの冒険』を三部作の映画として解体・再構築するにあたり、「理由」というものを重視したように思える。
 あらゆるシーンにおいて、原作では曖昧にしか説明されていなかった「何故、これはこうなのか」という部分が、視聴者にはっきりとわかるように示されている。
 例えば、有名な3匹のトロルのシーン。エリアドールの北、エテン高地に住みついているトロルが何故、街道のあたりまで南下してきていたのか。そして、エレボールのドワーフ(『ロード・オブ・ザ・リング』のギムリも含まれる)がエルフを毛嫌いしているのは何故なのか。
 ジャクソンは、原作の本筋であるドワーフたちの探索行の背景でひそやかに進行していた、通奏低音とも言うべきドル・グルドゥアを巡る物語をクローズアップし、賢人会議の面々や茶のラダガストを登場させることで、中つ国の西部に垂れこめる暗雲を描いて見せる。前述のトロル出現、そしてオークたちの蠢動も、その流れの中に位置づけられる。
 そしてそれは、ドワーフたちの探索を阻むトラブルであるだけでなく、『ロード・オブ・ザ・リング』三部作の物語を誘うプレリュードともなっている。
 映画『ホビット』において巧みに演出される「理由」付けはこれだけにとどまらないが、これ以上申し上げるのはネタバレになってしまうだろう。
 なお、灰色のガンダルフが何故、ほとんど有無を言わさぬ強引な手段をとってまで、平和に暮らしていたビルボ・バギンズを冒険の旅へと駆り立てたのか−−この点について、原作『ホビットの冒険』と今回の映画、そして『指輪物語』は明瞭な説明を与えなかった。ただし、トールキン自身がその理由を説明しようと書いた文章が存在し(『王の帰還』掲載の追補として執筆されたものの、その長さからカットされた)、『新版ホビット』(原書房)に日本語訳されているので、ご興味がある方はそちらをあたると良いだろう。

ホビット〈上〉―ゆきてかえりし物語

ホビット〈上〉―ゆきてかえりし物語

ホビット〈下〉―ゆきてかえりし物語

ホビット〈下〉―ゆきてかえりし物語

 今回の映画もさることながら、『ホビット』絡みで幾つかの短い文章仕事をいただいたのが起爆剤となって、久しぶりに僕の中のトールキン熱がぐいぐいとあがってきている。
 何年も遅らせてしまった中つ国本に、いいかげんとりかからなければ!
(さぼってるわけではなく、"THE HISTORY OF MIDDLE-EARTH"の参照作業に時間がかかりまくっている)