サラ金から再び参りました

 かつて、日本最初のH・P・ラヴクラフト作品集である『暗黒の秘儀』、そして1巻と4巻のみが刊行された荒俣宏氏の編集になる『ラヴクラフト全集』、のみならずC・A・スミスの作品集なども刊行したことから、いっときは「日本のアーカム・ハウス」と呼ばれたこともある創土社が、再びクトゥルー神話の世界に帰還した!
「Cthulhu Mythos Files」レーベルの創刊は、古くからのクトゥルー神話小説読みの間では、それなりのインパクトがある出来事でした。しかも、その1冊目たるや伝奇バイオレンス小説の旗手であると同時に、無類のH・P・ラヴクラフト好きとして知られる菊地秀行氏の完全新作!
 その後、断片的に流れてきた「サラ金もの」という情報は、その未知の新作が、菊地氏が過去に手掛けたとある作品との関連性をほのめかしていました。井上雅彦氏が監修する書きおろしホラーアンソロジー異形コレクション』の12冊目、神をテーマとする『GOD』の巻に掲載された、「サラ金より参りました」という短編作品です。
 まずはこの「サラ金より参りました」の内容をかいつまんで紹介しましょう。

 主人公はCDW金融に勤務する強面の取り立て屋、堺。今日の取り立て先は「理光学園」なる新興宗教団体。入金が滞った本部に飛び込めば誰もいない。夜逃げかと思ったものの、奇妙なことに信者や幹部たちの服だけが残されていた。時を同じくしてCDW金融に訪れた女性の借金目的は、あり得ないほど長大な水道管の購入だった。
 二つの出来事は、堺をCDW金融の暗部へと否応なく引きずり込んでいく。果たして、CDW金融とは何なのか。そして、決して人前に姿を現さず、青い灰を用いて邪神とも渡り合ってみせる謎めいた社長の正体は何者なのか−−。


GOD―異形コレクション〈12〉 (広済堂文庫)

GOD―異形コレクション〈12〉 (広済堂文庫)

 この「サラ金より参りました」は、後に新潮社刊行の作品集『幽幻街』にも収録されているので、こちらで読んだという方もいらっしゃるかも知れません。とりあえず、上のあらすじだけで何かしらピンときた方は、重度のラヴクラフト・マニアとお見受けします。
 さて、『邪神金融道』の特設サイトの方を開いてみますと、このようなあらすじが紹介されています。

社員の誰ひとり顔を知らない謎の社長が経営するCDW金融。そこで働く「おれ」がラリエー浮上協会に融資した5000億の回収を命じられ、神々の争いに巻き込まれていく。


 こちらの方もCDW金融。「サラ金より〜」では「堺」という姓を与えられていた主人公が、こちらでは無名の「おれ」になっているという変更点はありましたが、話の筋立てはさておき根っこのコンセプトは同じです。『邪神金融道』は、「サラ金より〜」の続編というよりもリメイクと見なす方が良いのかも知れません。
 さて、「菊地秀行」と聞くと、超絶的な異能力や、奇ッ怪な武器を装備した美男美女たちが時にくんずほぐれつしたりしながら迫力のバトルを繰り広げる伝奇バイオレンス活劇を思い出す人が多いように思います。『邪神金融道』はというと、妖糸を繰り出す美しき魔人も、恐るべき技量をもつ魔界医師も登場しません。舞台の方も、魔震によって「外」と隔絶された魔界都市〈新宿〉ではなく、長期化する不況に喘ぐ現実とさほど変わりない東京都。そこで繰り広げられるのも、多額の債務を抱えた人々と、彼らを脅しなだめすかして一円でも多く取り立てようとする借金取りのドラマです。
 しかしながら、確かにこれこそは間違いなく菊地秀行作品!
魔界都市」シリーズや「吸血鬼ハンターD」シリーズはじめ、様々な菊地作品に独特の色合い、あるいは空気感のようなものを与えている世界の底に広がる風景−−登場人物の体臭や反吐の匂いすらも漂ってきそうな猥雑な暴力とエロスが剥き出しになった、菊地秀行という作家の黒々として濃密なエキスをそのままぶちまけたところへ、お馴染みの魚臭さをブレンドしたかのような−−こればかりは「まあ、読んでみてくださいよ」としか言いようのない、混沌たる文章世界が広がっているのです。
 なお、借金の取り立て屋としてクトゥルー神話に連なる邪神たちにまつわる事件へと巻き込まれていく「おれ」のキャラクター造形がまた突き抜けて絶妙なのです。この「おれ」は、目の前でどのような異常な事件が起きようとも全く動じないばかりか、なぜかクトゥルー神話にやたらと詳しい後輩社員の必死の説明にも関わらず、頑なに超常現象−−というかクトゥルー神話的事象を認めようとしません。その理由がまた、特撮・SF誌『宇宙船』のライターから小説家へと転身した菊地秀行氏の面目躍如とも言うべき斜め上の事情によるものであり、この人は『魔界都市ブルース』の作者だけれど、スラップスティッククトゥルー・ホラー(いやむしろ「ホラ」か?)の走りである『妖神グルメ』の作者でもあったのだ−−なんて当たり前の話を今更ながらに思い起こさせてくれるのでした。

 さて、整理券を入手することもできたので、今日は神保町の書泉グランデで開催される「菊地秀行クトゥルー神話」に赴いて、『妖神グルメ』をもう1冊買って菊地先生のサインをいただいてくる所存。お待たせしてしまっていることについて、頭を下げてこなければ!(>,,,<)


邪神金融道 (The Cthulhu Mythos Files)

邪神金融道 (The Cthulhu Mythos Files)