大海蛇の集う海

 さて。1817年にナハントに現れた大海蛇は、数多くの人間に目撃されたのみならず、マサチューセッツ州の有力者や知識人もこれを認めた重大な出来事だった。1832年にボストンで刊行された子供向けの教科書"The First Book of History for Children and Youth"にも大海蛇についての記述があったほどである。


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 また、"History of Lynn, Essex county,Massachusetts"という1883年刊行の歴史書の中に、大海蛇についての記述がある。リンというのは、海上のナハントと道路で繋がっている港町だ。この本によれば、1875年にリンの沖合い(つまり、ナハントの沖合いでもある)で大海蛇が目撃された。場所は、エッグ・ロックという小島の近く。大海蛇の体はつややかな黒で、直径24〜30インチほどのトカゲのような頭部があった。30インチというのは76センチメートルほど。当時は、恐竜の生き残りでは? と噂されたということで、11月にもリンの近くのスワンプスコットで目撃されている。


エッグ・ロックで目撃された体長約80フィートの大海蛇

「未知動物学」という語を提唱しバーナード・ユーベルマンスは、1777年から1877年にかけて、117件に渡る大海蛇の目撃談を確認した。彼によれば、その殆どがニューイングランドに集中しているということだ。
 オリジナルの怪物を登場させることを旨とし、民話・伝説上の存在を避けたラヴクラフトだが、ニューイングランドの伝承に造詣の深い彼のこと。当然ながら大海蛇伝説について知悉していたと思われる。「インスマスを覆う影」や、妻ソニア・グリーンと合作した「マーティン浜辺の恐怖」といった彼の作品の背景には、数世紀に渡り東海岸を騒がせた大海蛇の伝説が息づいていたのかも知れない。