ケネベック川のドラゴン

 ここで、ニューイングランド地方のアメリ先住民族にまつわる伝説をひとつ紹介しよう。
 メイン州にはエムデンという町がある。この町の近くを流れるケネベック川に面した土手にある岩肌には、人間や動物、カヌーやサンダーバードアメリ先住民族のトーテムのひとつ)などと共に、長い体をくねらせたドラゴンのような姿が刻まれている。注目すべきは、このドラゴンの尾の先が、弓矢の矢尻のような形状をしていることだ。図像学的には、これはブリテン島のケルト系住民に関連するドラゴンの特徴であり、事実、ウェールズの国旗となっている赤いドラゴンの尾の先は、確かに矢印状になっているのである。
 コロンブスが到来する以前のアメリカ大陸に、ケルト人がやってきていた!? などと盛り上がるのは少々早計だ。矢印状の尾を持つドラゴンについて、関連づけられなくもないアメリ先住民族の伝説が存在するのである。
 先住民族の言葉で「無から生じた男」を意味するグルースキャップ(Klose-kur-beh)は、メイン州のペノブスコット族が語り伝える文化英雄(人間に火を起こしたり作物を栽培する方ほうを伝え、多くの場合、冒険譚の主役としても活躍することになる民俗学的キャラクター)である。ペノブスコット族と、彼らが他部族と連邦を形成したワバナキ同盟の要人だったジョゼフ・ニコラは死の前年にあたる1893年、部族に伝わる伝説を"The Life And Traditions Of The Red Men"と題する本にまとめている。この本には、グルースキャップの海蛇退治にまつわる物語が存在する。
 偉大なるグレートスピリッツ(大霊)から知識やカヌー、弓矢などを操る技術を与えられたグルースキャップは、これらを人間の男女に伝えた後、地球上の動物たちを支配下におくための旅に出た。長きに渡る度を終えて、彼が海を通って部族の元へと帰る途中、にわかに悪臭がたちこめ、海水がよどみ始めた。見ると、恐ろしげな蛇が離れた場所にいて、暗い水の上にその身を横たえていたのである。
 グルースキャップが近づいてくるのを見ると、蛇は鎌首をもたげ、炎のような舌をちらちらとひらめかせてみせた。この恐ろしい敵に立ち向かうべく、グルースキャップがカヌーを蛇の方に向けて漕いで行くと、蛇は蛇で身を起こし、カヌーを押しつぶそうとした。すると、メイ=メイという名の赤い頭のキツツキが飛んできて、グルースキャップのカヌーの端にとまり、蛇の体の一番小さい部分−−尾っぽの先めがけて矢を放つように忠告した。
 グルースキャップは六度失敗した後、七度目にようやく蛇の尾の先を射抜く。怪物はのたうちまわって苦しんだ後、大量の血液を流し、ついには命を落としたのである−−。
 ケネベック川のドラゴンと、グルースキャップの退治した海蛇の関連性については、確かなことがわかっているわけではない。しかし、岩に刻まれたこのドラゴンの尾の先が矢印になっていることの説明として、なかなか興味深い符合とは言えるだろう。