「入門・エルフ語講座」に行ってきた!

 この土曜日は、サークル内の有志がJ・R・R・トールキンの"Unfinished Tales"を翻訳したことで有名な老舗のJ・R・R・トールキン研究会、白の乗手主催の「入門・エルフ語講座」に行ってきた。講師を務められたのは、『『指輪物語』エルフ語を読む』の著者であり、映画『ロード・オブ・ザ・リング』のエルフ語監修を務められたことでも知られる国内有数のエルフ語研究家、信州大学准教授の伊藤盡先生である。

  

 講義は、それぞれ50分ほどに区切った3コマに分けて行われた。冒頭のスライドからそのまま書き写したものがわかりやすいので、以下に転載する。

・本日のメニュー
 1.エルフ語とは
  1.エルフ語…て?(その1)
  2.文献学者トールキン
  3.エルフ…て?(その2)
 2.古英語とローハン語
 3.クウェンヤとシンダリン

 まず第一に、講義の対象である「エルフ語」と、それを用いた種族であるところの「エルフ」についての説明。
 古くからの『指輪』読者ならば、単純に「クウェンヤとシンダリンだろ?」で済まされてしまう話なのだが、昨今、トールキンが『指輪物語』をはじめとする作品中で用いた非・現代英語の言語全般を総括して「エルフ語」と呼ぶことが増えているらしい。たとえば、映画『ロード・オブ・ザ・リング』の関係者が「エルフ語」と口にするときは、多くの場合このくくりであるとのことだ。これに加えて、『指輪物語』に触発されたファンタジー・SF作品中で提示されている空想言語全般(たとえば、『ロードス島戦記』にもごくまれではあるが「バーク(醜い)」などの独自の「エルフ語」が登場する)を指す言葉としても用いられることがあるそうだが、今回はトールキン作品に限定しての「エルフ語」のお話である。
 続いて、トールキンが常にそこに拠って立った「文献学」の観点からの説明。トールキンが「W」の項目あたりから編纂に参加した『オクスフォード英語大辞典』における"elf"の項目の解説と、これをトールキンが不満に感じたというエピソードにはじまり、"aelf(elf)"という古英語がどのような文献中に見られ、そこからどのような文化的背景が想像されるのかという詳細の解説。
 2コマ目に「ローハン語」−−即ちマーク(辺境国)の言語が課題になっているのは、前述の通り非・現代英語という側面もあるが、ローハンという騎馬民族国家がそもそも中世のイングランド7王国のひとつマーシア(マークの国、つまり辺境国である)を意識して設定された国であること、そしてそこで話されている言語が古英語であることによるものだ。物語の中でこのローハン語とエルフ語、そして共通語(登場人物たちが普通に話している言語のことだ)がどのように使い分けられているか−−こういう「レイヤーの異なる」(と、僕はよく表現する)話というのは、対象から一歩引いた俯瞰的な客観視点を持っていないとなかなか切り替えることができないものだが、伊藤先生はここのところを映画のDVDを活用しつつわかりやすく解説。なるほど、『ロード・オブ・ザ・リング』はテキストとしても確かによくできている! してみると、トム・ボンバディルとゴールドベリが登場しないとか、グロールフィンデルがアルウェン姫に置き換えられたとかいった「原作との違い」が些細な問題に見えてくる。いやまあ、脳内で勝手に補完しているので、僕的にはさして気にしていたわけでもないのだけれど。
 そんなこんなで、3コマ目はいよいよ作中のセンテンスをテキストとしたエルフ語講座。クウェンヤとシンダリンの違いを、トールキンがそれぞれの言語の元ネタにしたフィンランド語、ウェールズ語の言語特性の比較を通して解説するに始まり、「クウェンヤでの挨拶は命令文、シンダリンでの挨拶は祈願文」という言われてみれば「あ、なるほど」と得心がいく情報が飛び交う大変にためになる−−何の? と言ってはいけない!−−講義の中で、当然ながら実際の発音練習がところどころに挟まるのだった。
 かくのごとくして、渋谷の街中で80人近くの参加者が"Gurth ‘’ni yrch!(オークを殺せ!)"と楽しげに唱和する大変に和やかな光景が繰り広げられたわけである。

終わらざりし物語 上

終わらざりし物語 上

 
『指輪物語』エルフ語を読む

『指輪物語』エルフ語を読む