ピラミッドの四天使

 iPEG予約に対応したWEBのTV番組表を開き、その日、地上波で放映されるドキュメンタリーやら旅行番組やらをひたすら録画予約していくのが、ここ4、5年の森瀬の朝の日課である。
 元々、ドキュメンタリー以外のTV番組に殆ど興味を向けない性分だったということもあるが(最近毎週チェックしているアニメは『ドラえもん』だけ)、これらの番組から拾い上げた情報が書籍企画に役立つこともままあるので、結果的に趣味と実益を兼ねた習慣だ。まあ、僕の場合、趣味をひたすら追求するために今の仕事を選んだようなものなのだけれど。(収入はサラリーマン時代から半減)
 さて、そうやって蓄積したネタの中に、ページ数の都合で『「天使」がわかる』に突っ込めなかったトピックがあったことを思い出したので、せっかくなので併せて紹介しておこう。
 今年の1月17日に放送されたTBS『日立 世界ふしぎ発見!』のお題は、「古代ローマ クレオパトラの魔法を解け!」。まあ読んで字の如くなのだけれど、特筆すべき映像があった。聖パオロ広場にあるガイウス・ケスティウスのピラミッド内にTVカメラが入ったのである。


大きな地図で見る ストリートビュー

 ガイウス・ケスティウス・エブロはローマが共和制から帝制に移った時期の執政官である。クレオパトラの魅力にすっかり参ったユリウス・カエサルの政策により、紀元前一世紀のローマに一大エジプトブームが吹き荒れたことは、教科書には出ていないかもだけど有名だ。お陰で、エジプトにはオベリスクが六本しか現存していないにも関わらず、ローマには一三本のオベリスクが屹立していたりする。*1
 ガイウス・ケスティウスもまた、そうしたエジプト狂の一人だったのだろう。あろうことか、彼は自らの墓所として小型のピラミッド(高さ36.4メートル)を建造するよう遺言したのだった。
 さて、このピラミッドの玄室の天井の四隅に、四人の有翼の女神たちが描かれているのがはっきりと映し出された。ミステリーハンター(この番組におけるレポーターの呼称)は「天井に天使たちが舞っています」とかさらりと流してくれちゃったのだが、ちょーっと待て。このピラミッドが建造されたのは紀元前一八年から一二年の間のこととされている。当然ながら、キリスト教がローマに広まるのは大分先のことだ。*2

 ガイウス・ケスティウスのピラミッドは幾度か大きな補修が行われたことが知られているが、その際にわざわざ天使の姿を描き加えたとも思えない。このピラミッドが、エジプトと同様の墓所として建造されたことを考えると、この有翼の女神たちの正体について容易に想像することができる。
 おそらく−−いや、断言してしまってもよいだろう。彼女たちはイシス(アスト)、セルケト、ネイト、ネフティス−−エジプトで崇拝された有翼の女神たちなのだ。この四人の女神は墓所の守護神であり、防腐処置済みの肉体(ミイラ)をおさめた棺、内臓を納めた壷を悪霊から守るため、ピラミッドの奥深くに隠された棺の側面に描かれたのである。
 注目すべき点は、聖パオロ広場のピラミッド内部に天井画を描いた絵師が、これらの異国の女神たちを明らかにローマで崇拝された勝利の女神ヴィクトリアを意識したデザインにアレンジしたことだ。ヴィクトリアは、ギリシア勝利の女神ニケに相当する有翼女神であり、その彫像がヨーロッパ亜大陸各地で発見されていることからも、ローマ市民の間で相当に人気が高かった神であったことが窺われる。*3
 実際、ローマ人たちは、異民族の崇拝する神々を節操なく取り入れたことで知られている。例えばガリア人(ケルト人)の馬の女神エポナは、ガリアに侵攻したローマ騎兵の信仰を集めたという話だ。キリスト教に触れ、天使の存在を知ったローマ人がまず思い浮かべたのが、翼を広げたヴィクトリアの姿だったであろうことは想像に難くない。
 キリスト教の天使の姿が、男とも女ともつかない中性的な存在として描かれることが多いのは、案外、そのあたりに理由があるのではなかろうか。いわゆる「萌えキャラ化」はすでに、2000年前にローマ人が通過した場所だったかもしれないのだ。

*1:その中には、わざわざエジプトから石材を運ばせて建てたものもある。

*2:当然ながら、ユダヤ教は異民族に対して門戸を閉ざしていた。

*3:ヴィクトリアがその随神とされる女神ミネルヴァ(アテナ)も、古い時代には有翼の女神だった。