『ジャーゲン』を読んだかもしれないスミス

 先の日記で、ラヴクラフトが『ユリシーズ』と共に言及したという『ジャーゲン』に興味が湧き、今現在読み進めているところです。H・P・ラヴクラフトが「尊敬しているけれど、読んでも楽しくない」というキャベルの小説に興味が湧いたというよりも、この『ジャーゲン』という作品に「ヨハネス20世」のワードが登場することを知ったからです。
 先日、Tweetしたトリビアですが、ローマ・カトリック教皇には、ヨハネス19世(在位1024-32)と21世(1276-77)がいるにも関わらず、記録上では「ヨハネス20世」が存在しません。何しろ200年ばかり間が空いておりますので……まあ「数え間違い」ということになっています。しかしながら、この数字上の混乱こそが「女教皇ヨハンナ」の存在が抹消された証拠なのだ!という説もあります。
 フィクションの種としてはたいそう面白い話。僕も昔、同人誌でネタにしました。
 ちなみに、タロットの「女教皇」のカードのモチーフとされている教皇ヨハネス(女教皇ヨハンナ)は現在、架空の人物だと考えられていますが、この「ヨハネス20世」の欠落をもって実在説を唱える向きもあるようです。
 何となく調べてみれば、『ジャーゲン』の主人公がこの「ヨハネス20世」を詐称して天国に侵入を果たすのだというではありませんか。21世紀のコラン・ド・プランシイ(プランシイなら多少の間違いは平気!)を目指す森瀬繚としては、ラヴクラフトどうこう以前にマスト・リードな小説であったわけです。

ジャーゲン (1952年)

ジャーゲン (1952年)

 さて、この『ジャーゲン』という小説は1919年の作品。中世ヨーロッパのポワテムという架空の町を舞台とするシリーズの中の一編です。訳注によれば「ジャーゲンには鳥の囀りの意味がある」とのこと。してみると、「ジャーゴン」とも通じる言葉なのですね。
 物語はトールキンの定義する「妖精物語」。アーサー王ロマンスも盛り込まれておりますね。悪魔の力で若さを取り戻したジャーゲンが、トロイのヘレンをはじめとする歴史上の美女たちと艶事に励む描写から、ジョイスの『ユリシーズ』と同様、米国内では一時期発禁だったようです。
 中世の架空の町という舞台装置といい、魔女めいた美女との色事といい、どうにも既視感がある−−そうだ、クラーク・アシュトン・スミスの「聖人アゼダラク」の匂いを感じる! ひょっとすると、ポワテムというのはアヴェロワーニュのルーツなのではなかろうか。
 とまあそのように思い至り、スミスがキャベルについて言及したことがないかどうか、mixiのC・A・スミスコミュを管理されている竹岡啓氏(id:Nephren-Ka)に御注進してみました。
 竹岡氏がその場で調べてくれたところによると−−確かにスミスは書簡中で頻繁にキャベルに言及しているとのことです。これらの記述から、おそらく1920年代前半にキャベル作品を愛読し、少なからず傾倒したのは間違いない様子。(後に熱が冷めたとも)
 決定的なのは1933年12月4日頃のラヴクラフト宛書簡で「聖人アゼダラク」の話題に関連してキャベルの名前が挙がり(アヴェロワーニュの設定をdisったラヴクラフトへの言い訳めいた返信)、かつまたアヴェロワーニュをポワテムになぞらえているのだそうです。大当たり!

イルーニュの巨人 (創元推理文庫)

イルーニュの巨人 (創元推理文庫)

 アナトール・フランスの『天使の叛逆』同様、天使物語としては日本では忘れ去られた観のある作品ではありますが、僕にとっては二重三重に意義深い作品となりました。
 なんて話を竹岡氏としていたら、

「そうです。そしてヨハネス23世はダーレスに祝福を授けた教皇

 つくづく君の世界はダーレスを中心に回ってるな!

 そんな竹岡啓氏が翻訳した渾身作、『クトゥルー神話全書』がついに(本当に!)刊行されました。皆様、是非ともお手に取っていただければと。

クトゥルー神話全書 (キイ・ライブラリー)

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